カテゴリー「茶道の稽古」の9件の記事

「一杯のお茶で、自分を超えて行く」ということは?

今日は、今年最初の茶道の稽古。今日の稽古は、言葉にならないほど深く、広く、しかし小さく、そしてものすごい高揚感を味わえた貴重な時間になりました。

実は、今朝はあまり眠れず、そうそうに目が覚めました。
ひとつ、気になっていることがあったからです。素直にいえば、心配ごとです。

「あぁ、心配だ。大丈夫だろうか・・。自分に出来るだろうか。」

そう思いつつも、「現状は、把握した。さて、今からどうする?」と問いかけながら、今日は稽古に出かけました。

稽古仲間が炭手前をした後、私がお濃茶の手前に。
そうしたら、あら!やっちゃった!
粉に対して、明らかに湯が少なすぎます。

私の茶道歴史上、最大のピンチでした。笑

茶筅で濃茶に触れ始めたのはいいですが、今まで経験したことがない少量の湯で、本当にこれで濃茶が練れるかどうか、一瞬、心配な心が湧きあがりました。

今までだったら、思考停止してプチパニックになり、自分都合に混ぜてダマを作ってしまうか、または諦めて手を止めて、湯を足すかのどちらか。
どちらにせよ、「私には無理だから」という気持ちが表れています。

でも、今日は違いました。
一瞬よぎった不安を脇に置き、茶碗の中と真剣勝負。

「ダマにはさせない。冷静になれ。まだやれることはある。」
そんな声が、本当に聴こえて来たんです。

丁寧に粉と湯の動きをみて、お茶に負荷をかけないように茶筅を動かして一体化させていく作業に、全神経を集中させました。

Photo

こんなに本気で、茶碗の中の粉と湯が一体となるようにと観察し、濃茶を練ったのは初めてでした。後から塾長に、「あの湯量はチャレンジでしたね。あれ以上少なければ確実にダマになる、ギリギリの湯でしたね。」と言われたほどです。

2回目の湯を注いだ後、照りが出てダマになっていない濃茶が仕上がった時は、それはもう、なんとも言えない歓びが、内側から湧きあがってきました。

ふわ~~~。言葉にならない感覚です。
まさに、今日のお軸「歓無極」

それはたぶん、自分の中の不安に、打ち勝った感覚。かな。
「私はやれる。」という、静かで小さな感覚。
腹が据わった感覚。
自分のことを、あきらめないという感覚。

きっと、今朝感じていた自分の中の不安と重なったのだと思います。
たった一杯の濃茶を点てる中で、不安でグラつく自分に対し、それを乗り越えられるという自信が芽生えたのでしょう。

行きと帰りの車中の自分のあり方が全く変わり。
「さて、どうする?」という朝の問いかけに対する返事も、大幅に違う。

「今朝の私は、それなりに揺らいでいたんだな。」と素直に笑ってしまいました。

============

ここに書いたのは、今日の気づきのたった一こま。この続きもたくさんあるけど、書き切れないから、おしまいです。

真剣にお茶を淹れるという行為を前にすると、そこに引き込まれていく感覚があります。それは自分が淹れている時もですし、人が淹れてくれるのを見ている時もです。

それは、言葉や映像にならないし、ネットでは伝わらない、その場の「本気の空気」だと思います。その場にいる人にしか伝わらないもの。

それを共有することがやっぱり極上なんだなと、改めて感じました。

Photo_2

やっぱり、お茶会が一番なんだ、よ。
本気の空気が作りだす世界、それが一番なんだよ。
うまい、まずいじゃないんだよ。

特に今回は、若手後継者の3人が亭主をします。
心地よい緊張感は、本気度を味わうには最高ですね。
よろしければ、ぜひに。

●詳細は、こちらにも。

にほんブログ村 グルメブログ 日本茶へ にほんブログ村 グルメブログ カフェへ

| | コメント (0)

茶の稽古「茶筅として、どう関わるか?」

先日、久しぶりに濃い茶を点てた時、ふと考えた事。

茶碗に入っている、濃い茶と湯を前に、
「茶筅として、どう関わって行くか?」

粉と湯がスムーズに混ざり合うために、
茶筅として出来ることは?

臆することなく、強引になることもなく。
ただただ、茶筅として、どう関わって行くか?

そこに、不思議と「私」の存在はありませんでした。
  私=茶筅

結果は、ものすごく楽しかった!
自服したお茶も、美味しい。

茶筅には、粉の抵抗が全くなく、とにかく自然体。
練っている時の茶の変化もおもしろく。
気持ちよかった~。

よく「自分を殺して、道具になる」というような話を聴くけれど、私には理解不能でした。
「自分を殺す」という表現は、あまり好きではないのですが、言葉は例え表現の一つなので、そこにはこだわらずに進みます。

この極上の感覚を、亭主と共有する時に話をしたことは、

●湯も粉も「人」と同じ。私(茶筅)は、湯と粉を一体化させるために存在するだけ。
どうすればスムーズに、“粉びと”と、“湯びと”が融合していくか?を考えたら、私の意思で強引に粉と湯を混ぜようとする必要もなく、本人たちが一番楽に混ざれる動きを作ってあげればいいだけだと気付いた。

●また、そこで無駄にビクビクする必要もなく、また、私(茶筅)自身も“一番動きやすいところ”から力を添えて行けばいいのだと学んだ。

『一番動きやすいところから、無駄な力を入れずに、添えて行く』

結局、お茶を飲む瞬間に茶筅はそこに存在しておらず、茶と湯がいかに自然体で融合しているか?を味わうのだから・・。

私自身の仕事の関わり方に対しても、これは大きな気付きでした。とても身体が楽になった。無理する必要がないですしね。

「道具になりきるとは、役割に徹する」ということ、かもなぁ。
そこに、「私」が存在していなくても、結果はやはり、私も関わって「一味」となっている。あぁ、うまく説明が出来ないけれど、やっぱり自然体が一番ですね。

今日もお茶を一服。


にほんブログ村 グルメブログ 日本茶へ にほんブログ村 グルメブログ カフェへ

| | コメント (4)

濃茶を点てながら考えた。

先日は、茶道の稽古
ただただ、一服お茶を点てて、会話をして帰ってくるのですが・・。

昨日は、私が苦手な濃茶を点てました。
苦手なのは、点てることだけじゃなく・・・。飲むのも苦手。><

どろ~っと、ねばっこくて。おいしいと思った事がありません。
稽古で点てていますが、自分で最後に飲ませて頂いても、「うへっ!><」と嬉しい顔をしてしまいます。

しか~し!^0^

今回の稽古で、初めて濃茶が気持ちよく点てられました。
点てるのが気持ちいいなと思ったら、最後の一口が今までになくおいしい!(自画自賛BUTレベル低すぎ!)

さっぱりしていて、す~っと切れて。(別に薄いってことじゃないよ。)
素直な味に仕上がりました。

1125

おもしろい・・・。勉強になったなぁ・・・。
(ほぼ塾長の手ほどきのもとだったけれども。^^;)次回再現できるかな?

今までの私の点て方は、練りが足りなかったってことだね。
練り過ぎると苦みが出そうとか、温かいうちに出したいと気を急いて、練りが中途半端だったのだと思いました。

練っている感触が以前と違って、さらりと抵抗なく茶せんを持てていた気がします。

なるほど・・。この感じですか・・・。

ここ数年、自分の中で『ひきこもり』感が強かったんです。自分が心地よいと感じる中でしか過ごしてない気がして、新しいチャレンジをしていないような気がして・・・。

それは、ほぼ『恐れ』から来る『ひきこもり』だったのですが、濃茶の練りの感触を確認しながら思ったことはね。

11251

ダマになったり苦くなったりするのを恐れて、縮こまって茶せんを振ると、練りが不足してダマになったり一体感がない味になる。その結果私は、「濃茶はまずいなぁ」と常に思っていた訳ですね。^^; 負のスパイラル。

こういう時は、思い切って練りきった方がいいんだなぁと実感しました。笑 練り過ぎるくらいに練ってみないと、ベストのタイミングが見えないものね・・。

びくびくしながら、ベストの手前で止めるよりも、
前に進んで突き抜けろ! だね。^^

新しいことにチャレンジするのは、ちょっぴり怖いけれど、
今の時代、龍馬のように命取られることはないのだ。

ほら、お茶飲んで。お互いに、がんばろうよ。^^

117

あ。でもね。角度を変えると、『ひきこもる』って悪いことじゃないと思う。

ある意味私にとってこれは重要な時間で、自分と向き合い考えるのに必要な時間だったわけでもあります。

この数年間に、色々な感覚を自分の中に蓄えた~!

そういう時間を持てたことは、すごくありがたいことだと思います。だから、ひきこもることは、な~んにも悪くない♪^v^ 

長い人生の中ではけっこう大切な、静の時間。

お互いに、ぼちぼちやるさ♪

にほんブログ村 グルメブログ 日本茶へ にほんブログ村 グルメブログ カフェへ

| | コメント (0)

茶の稽古から、自分が見える

茶の稽古を始めて、2年が過ぎました。

他の流派は習ったことがないので、自分の学んでいるところのことしか書けませんが、お茶の稽古は、本当におもしろいです。^v^

たった2年しか経っていませんが、大きな自分の流れが毎月2回の稽古を通して見えてきます。

第一段階>
習い始めの、超好奇心。
何でもかんでも、「なんで?どうして?」の疑問符ばかり。
何をやっても新鮮で、反発して、感動してました。
たぶん、これが素の私。

自分が関わって来た、10年間のお茶生活を振り返るようで不思議な気分でした。

第二段階>
しばらくして、「いい加減に覚えなきゃ!」の冷や汗稽古。
この時期は、人の目を意識してばかりの自分に気づく。
きれいに取り繕おうとする自分。だから、所作に変な抑揚を付けようとする。

踊り(日舞・剣詩舞)を習っていた頃を思い出した。

第三段階>
その後、手順について考えるのを止めたような穏やかな深い稽古に。毎回、その日のお茶と真剣に向き合う!というような、本気モードな稽古です。

時には泣いたり、笑ったり。軸についてお互いの考え方を伺ったり・・・。
稽古なのか、本当の茶会なのか?どっちとも言えるような稽古。

お茶って、いいよね。
心の扉を開けてくれる。

じゃあ、この頃の稽古は・・・?

10101

第四段階>
少し、雑念まじりな頭でっかち。
ひねくれ者の顔が出て来たり。
手前も集中力がない。心ここにあらず。

9月は、日常の色々なことにかなり激しく『抵抗』をした月でした。^^;
8月、9月の稽古は、自分の中では同じく頓珍漢の代表のようでした。

それが、夏の暑さが遠のいたのと同じように、ここに来てすーっと落ち着いてきました。素直になったら、楽になった。笑 私嬉しい。

第五段階>
きっと、また今月の稽古からは、
新しい気持ちの展開になれそうです。

別に茶道が良いとか悪いとか、そういう話ではなく。
湯を沸かし準備をし、お茶を点てて飲む。この一連の作業が心地よいかどうか?というだけの話だろうと思います。

稽古を続けるほどに、こういう自分の浮き沈みを、客観的に見れるようになるのだろうね。ますます、自分が楽しみです。

自分にとって、お茶を淹れて飲むことは、
自分を律して、鼓舞するためではなく。
自分を解放して、つらい時には泣いても良いよと
心の扉を少しだけ開ける、きっかけです。

お茶の時間は、そういうそれぞれが感じているものを皆と共有できる時間。だから、とても大切な時間だと考えています。

にほんブログ村 グルメブログ お茶・紅茶へ にほんブログ村 グルメブログ カフェ・喫茶店へ ブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (6)

初めての、本格的な茶の稽古日

う~ん、毎日暑いです!

そう、初めて茶道の稽古に伺ったのも、こういう暑い夏でした。
高校生の時(はるか昔^^;)茶道をかじっただけという友人と、全くの未経験者である私の2人で、道場に一日潜入。

ドキドキ、そわそわの集中稽古。

亭主と客に分かれて、茶を点てる・・・。

私は、人が茶を点てる様子を見ているのが好きなんだなぁ~。
黙っていても、とっても心地いいんです♪

ぼーっとしている訳でもないけれど、あまり深くも考えていない状態。

人ごとのように、「気持ちいいねぇ~。^v^*」っと、夢心地。たぶん、一生懸命お茶を点ててくれているのが、伝わってくるからだろうね。

さて、自分が亭主の番になった。
道具がバランスよく置いてある(置き合わせ)のを見るのって、なんでこんな気持ちいいのかな?と不思議な気分を体感した。

茶道は、客に何も余分な意識をさせないようにするために、亭主は一点にまで意識をして物の位置や動きを考えるそうだけど・・・。

私は、自分が茶を点てている時に、置くべき所にきちんと置かれた道具たちを上から眺めた瞬間に、感動した~~!!

そうそう、まるで雑誌の一ページのようだった。
凛とした雰囲気
視界というフレームには、最小限の道具がバランスよく収まっている。

客の前に、まず自分が、す~っと落ち着いて来る。

わが家の散らかった部屋を思い浮かべ、パートナーがいつも「気が滅入る。><」と言っているのを思い出した。

「申し訳ない~!><」

先生は、「本気でお茶の稽古を続けたら、自分の暮らしも変化してくるだろう。またそうならなければ、お茶をやっている意味がない。」と言った。

ふ~~ん・・・。そういうものなのか?
私には、小さな部屋の中だけの、
ある意味、外界と隔離された大人のままごと、昔体験のように見えるんだけど・・・。

2人で照れ笑いでごまかしながら、ものすごい居心地の悪さとともに、時々感じる心地よさの間で浮遊していた稽古初日。

帰りの車の中では友人と、「なんだか、堅苦しいねぇ。」と苦笑い。

あぁ、そうだ!そうそう!
時代劇に自分も登場しちゃったかのような、そんな一日だったのかもなぁ。

そりゃ、照れるよねぇ。
今の時代と、あまりに違うんだもん。><

でもさ、ここだけの話。
時代劇もけっこう好きだったりするんだよね♪

こうなったら、とことん昔の人の気分になって、
「次回は、着物を着てやってみよう~!」っと、わくわくしながら帰りましたとさ。笑

にほんブログ村 グルメブログ お茶・紅茶へ にほんブログ村 グルメブログ カフェ・喫茶店へ ブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (4)

やばい!茶会まであと30分なのに。

今日は、着物を着て、月夜の茶会のお手伝い。

夕方から会場に入り、水屋(支度部屋)のセッティングをしてから、皆で着物に着替えました。

今日の茶会は、月夜を楽しむということで、ろうそくの灯りだけを使ったお茶会です。^^
とても幻想的で、いったいどうなるんだろう?と、ちょっぴりそわそわしている私。

とはいえ、30~40名近くいらっしゃるお客様を想定しながら、段取りを考えて動き回っていたのですが・・・・・。

ビリッ。

・・・あれ??何かヤブレタ音がした?

気のせいかと思って立ち上がった途端に、

ビリビリビリ~!!

・・・きゃ~! T0T)マジですか?

なんと、お尻を30センチ以上、破ってしまいました。--;

 あわわ、あわわ。どうしよう~。汗*汗

7010

*写真と茶会は、関係ないですが・・。^^

本来ならば、居敷当て(お尻部分の強化布)があるので、さほど心配をしなくても良いそうですが、この日は暑くて、私が来ていた着物は単衣。

つまり、一枚破れたら、ぱっくりお尻に穴が開いちゃうんです。><

お客様がいらっしゃるまでに、あと30分しかありません!!当然、私は裁縫セットなど持ち合わせてもおりませんし、もともと裁縫は大の苦手。

 あわわ、あわわ。やばい~!

そんな時に力強いのは、稽古仲間のゆみさん。裁縫道具を持っていました♪ありがと~。

所用時間は、あと30分。
さて、脱いで直す時間があるのか・・・?仲間たちは、私のお尻を見ながら検討会。私には後ろがどうなっているのかさっぱり分からず、まな板の上の鯉。

検討会の結果、結局立ったまま手術することに・・・・。

後ろを向いて大人しく、「反省」のポーズ。^^;
とりあえず、チクチクと縫ってもらいました。

あとはねぇ・・・。

腰パン帯をだらりと、長めにたらしてごまかして。
本当だったら、ちょうど正座しているお客様の目線がお尻に来るはず・・・。

でもラッキーなことに、この日はろうそくの灯りしかないんです♪

後ろを気にせず、さくさくと動き回ることが出来ました。^v^

しかも客席にいた知人から、「友達が帯が素敵だと言ってたよ。」というお声まで頂いちゃって。^m^)

7221

よりによってこんな時にお尻を破らなくてもって思うでしょう?でも、私。これで3枚目なのですよ。お尻破いたのがね・・・。

だから、きっと着物の着方に問題があるんだろうなぁ。と思っております。

ちなみに、これは1年と少し前のお話です。今は、破ることがなくなりました。たぶん、成長してます♪笑

にほんブログ村 グルメブログ お茶・紅茶へ にほんブログ村 グルメブログ カフェ・喫茶店へ ブ
ログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (5)

初めての茶会手伝い

私が、初めて茶道のお茶会の手伝いをさせてもらった時の話。
一日着物姿で過ごしたのは初めてのことで、かなりおもしろい体験でした。

不慣れな着物を着た自分の、何がおもしろかったかというと・・・。

●足を一歩動かす度に、必ず何かにぶつかります。

普段は、意識もなく、物の上を足が飛び越えて移動していたのでしょうが、着物だと足が開かず、それが出来ないのですよね。(ーー;当たり前ですか?)

水屋(裏の準備部屋)には、貴重な道具も多いので、ぶつかる度に、「ひぃぃ~!」とひやひやしながら過ごしました。
足元は見えませんしね。特に後ろに下がるのは、本当に要注意。

机の向こう側(私にとっては、目の前^^;)にあるものも、ぐるりと回らなければ取れませんし、私は常がズボン姿でしたから、着物はかなりの「矯正力」があるように感じました。笑

1

●思いきり、走れない!

急いで移動したい時に、ズボンのように走れないんですよね・・・。(ーー;当たり前ですか?)

私が必死に駐車場の奥から走ってくる様子を、稽古仲間が見て、大笑いしていました。
こちらは、遅れまいとして必死。でも、袂も足元もおぼつかないので、へなちょこにしか走れません。

「すいませ~ん!はしれませ~ん!!!」と、言いながら必死で走る私を見て、一言。

「走らなきゃいいのに~。」と、大笑いの仲間たち。

私にとっては、本当に目からうろこが落ちたような返事で、一人カルチャーショックでした。

「走らなくても良い。」

・・・・。う~ん。私の判断の中に、その言葉はなかった。^v^;

遅れているから、走って間に合わせなくては!と考えていたのですが、あまりにごもっともな返事に、妙に納得した記憶があります。笑

(まあ、走らなくては間に合わないというのは、すでに後手なのですが・・・。^^;)

未だに一式揃っていない私の着物ですが、着物珍道中はかなりおもしろいですよ。

ちなみに、この足クセの悪い私は、遠い過去の話ではなく、ほんの2年ほど前の話でありました。^^;  

つづく・・・。爆

にほんブログ村 
グルメブログ お茶・紅茶へ にほんブログ村 
グルメブログ カフェ・喫茶店へ ブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

私流の学び方

今日もお茶の稽古でした。茶道に関する記事は、正直書きにくいです。
私自身が勉強不足で言葉足らず。さらに、自分自身が茶の稽古をものすごく楽しんでいるので、感動して盛り上がり、誤解を受ける表現をしがちです。
もしも不快な表現があったら、ご指摘くださいね。そこからまた、学ばせて頂きます。
+++++++++++++++++++++++++++++++

毎回、何かしら気づきのある稽古なのですが、今朝は着物の着付けについて考えました。

私はイベントでは、洋服の上に着物を羽織るように着ます。しかも、アフロなんかを被って、完全にイベント使用になります。
なぜ、そこまでバカなフリをするのかな?と思ったのですが、きっとこれは私の防御なのでしょう。

着物の世界も、知り出すと色々なルールがありますが、それを最初から聞きだすと着る事自体がおっくうになり、着物がますますプレッシャーになる。

でも、本当に「着物を着てみたい!」という欲求はあるのです。

3272

だから、茶道や煎茶道の先生や、多くの人生の先輩方から「おかしい」と指摘された時の逃げ道として、コスプレをするのかもなぁと、着物を着ながら考えました。

「ならば、まずは基本的な着方を学べばいいではないか?」と普通思いますよね。^^;

そこが、パートナー曰く、どうも「私流」なようです。

 まず、やってみる。
 やりながら、疑問や不具合を把握する。
 自分なりに、人の意見も聞きながら改良していく。

そうすると、何ができてくるかというと、とても遠回りなのですが、オリジナルな形になるのです。

最初のお茶の稽古の時、茶道塾の事務局をされている亜湖さんから、「内弟子は10分で着物を着る」という話を面白く伺ってから、私の中では、「きちんと着る」前に「10分で着る」がインプットされたようです。^^;

特に着付けを学んではいませんので、10分で着るには、最小限の事から始めようと考えて、稽古の時も、洋服の上に羽織るところから始まりました。

Usiro1

少しずつ稽古を重ねる中で、着崩れないように工夫したり、困っている部分について周囲の方に教えて頂いたりしながら改良を重ね、自分の着物の着方が作られていく感じがしています。

しかも、この過程は、驚きと喜びとわくわくがたっくさん♪知らなかった事を、一つずつ発見する楽しみがあります。

これが、私の学び方なのだと気づきました。

「正統な物を理解した人が型を崩すのはいいが、何も知らない人が型を崩すのは見苦しい。」と、パートナーには言われます。

それでも個人的には、先に型の表面を理解してしまうと、疑問やちょっとした自分の不具合に気づかなくなるようで、あまり好きではありません。

正統な物を理解したいと思った時に、それを学べばいいんじゃないだろうか?

この方法は、短期的に何かを習得したいと考える人には向いておらず、ずっと続けて行くから、その時々で改良し続けられるということかもしれません。

09171

だから私は、「とにかくお茶を楽しく飲もうよ。」と、まず思う。
そこから「長く長く、お茶とお付き合いして行こうよ。」と言うのです。その方が、伸び伸びとしたお茶の世界が広がるように思います。

今の稽古場も、そんな感じ。
自分のお茶を深めて行くことができる場所です。

着物もね、着崩れる度合いも最初よりは少し減ってきて・・・・。でもね。やっぱり腰に帯を巻いてしまう状態です。今で言う、腰パン!?

う~ん・・・。着流し風って感じかな。
あ、水前寺清子さんかな?笑

でも、けっこう好きなんですよねぇ。落ち着きます。
まだまだ、進化して行くでしょうから、その進化もまた楽しみたいと思います。

【追記】

昔のお茶セミナーのパートナーだった牧野紀子(現在、株式会社新規開拓 名古屋支店勤務)から、電話をいただきました。

~基本を知らないのに崩す~のくだりについて、

「分かっていて書いているんだと、分かっているんだけどね。」というふりから入り、「感情で動いてはいけないよ、物事で動かなくては。基本を知らない者が型を崩すのは、ただの個人の我がままだよ。あなたはもう、個人の好き嫌いの(影響の)レベルを超えているのだから。」

「・・・。まあ分かっていてやらないのもまた、ゆうちゃんなんだけどねぇ。^^;」

と、ぼやきつきで教えていただきました。紀子さん、ありがとうございます。はい、分かっていて書いています。基本が大事なのも、重々分かっています。型通りの方が、楽なのだろうとも思います。

お察しの通り、私はまだそうなれない感情の動物なのでしょう。^^;

3

【写真】出版記念講演会での、牧野との2ショット

ただね、お茶を学び体得していくと、感情の動物にも、理性が活かされるようになるんですよね。これは○○道という狭い世界ではなく、お茶を嗜むようになると・・・。

だから、私としては、けっして自分は暴走しないだろうと思えるんですよね。^v^ それがまた、お茶の楽しさなわけですよ。

とにかく、紀子さん。お忙しいのに電話を下さってありがとうございました。その、電話を頂けたことそのものが、とても嬉しかったです。お互いに、がんばろうね♪

にほんブログ村 グルメブログ 
お茶・紅茶へ にほんブログ村 グルメブログ 
カフェ・喫茶店へ ブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

茶道を習うといいよ。

昔むかし、ダロワイヨに勤めていた頃のお話です。

直属の女性上司に時々言われたのが、
「あなたは、茶道を習うといいよ。」というアドバイス。
その上司も、茶道を習っていました。

上司は、私の勢いの良さというか、勢いがあり過ぎて手に負えないというか、きっと茶道をやったら、少しは落ち着きが出てくるだろうと考えたのだと思います。笑

当時は、「ふ~ん。」で過ぎてしまったのですが、今は、裏も表もない茶道を習い始めてもうすぐ2年。個人的にとても有意義な時間になりました。

3162

(写真は、焙烙プロデュースした井上典子さんが、先月稽古に参加した時の様子。)

色々とお茶を習った良い効果を自分の中で実感しているのですが、その一つが、段取りを考えるようになったこと。かな・・。(出来るようになったとは、言ってないけどね!)

まだまだ、段取り下手で、なんとか自分の短期集中力でクリアしている部分が多いのですが、それでも以前よりずっと、色々な作業が楽になりました。

茶道って、大人になってからの方が、その意味が分かるんじゃないかな?

わが家の場合は、稽古から帰って来た後に、稽古で感じたことをパートナーに話すんです。そういうお茶の時間も、稽古の余韻として楽しんでいます。

まあ、みなが茶道を習わなくても、○○していることがけっこう、茶道と同じような効果があるのだと個人的には、考えているのですが・・・。

○○って、なんでしょうね?
ふふふ。 それは秘密です。爆
きっといろいろ、あるでしょうね。


にほんブログ村 
グルメブログ お茶・紅茶へ にほんブログ村 
グルメブログ カフェ・喫茶店へ ブログランキング・にほんブログ村へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)