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『終わりのない物語』の意味は?

「おい、かなざわ。
 これ、貸してやるよ。読んでみな。」

渡されたファイルは、国語の教科書に載るような短い物語集でした。

いつもリュックで、シャーっと自転車通勤。^^
中学時代の国語の先生に、亀山という変な先生がいました。^^;

先生らしい、温和なニコニコ顔ではなく、
周囲の声などどこ吹く風というような不思議な雰囲気で、
いつも能天気なへらへら笑顔でした。笑

変な先生だったけど、担任でもないのに
なぜか気持ちが良くて好きでした。

でね、その先生が貸してくれたファイルは
先生自身がセレクトした短編の物語集だったようで、
後日、何気なく読んで、返しに行ったのですが・・・。

一番印象に残った物語について
どう感じたかを話している中で、

「この話の最後は、切ってあるんだよ。最後の一文は、なんだと思う?」

と、いつものへらへら顔で言うんですよねぇ・・・。

私、ものすごくびっくりしたのを覚えています。
このセレクト物語集は、どれも『結末』が切り取られていたんですよ~。笑

物語は、きちんと終わっている状態で、
何も違和感がなかったのに、
実は全てに、『終わり』がなかった。

最後の最後は、各自が想像するようになっていたってわけ。

私が好きだった物語の最後の一文は、私の想像を超えていて、「ええ~!!」っという驚きと感動がありました。

Photo

(友人が送ってくれた写真。この季節のお気に入りです♪^m^すごくかわいい。)

物語の結末は、自分たちで想像する。
自分たちの未来は、自分たちで創造していく。

過去からの流れってあるし、大切だけれどさ。
今、混沌とした時代かもしれないけれどさ。

実は、結末は、な~んにも決まってない。^v^
自分たちで創り出すってことだよねぇ。

「どんなストーリーを創り出すか?」っという発想は、
もしかしたら、全てを受け入れるという日本的な「無常観」からすると、一見ずれているかもしれないけれど。(私にはよく分かりませんが・・)

腰を据えて農業やってる中山間地の農家の人たちは、
例えば、自然への防御(凍霜害)などに対して、
「自分たちでやれることを全てやってからじゃないと、納得できない。」と言います。(それでも、やられてしまう分は受け入れるということ)

何もやらずに、「どうせ変わらないから。仕方がないから。こういうものだから。」という見ないふり・気付かないふりは、無常観というよりも、ただのあきらめ?^^;

自分に言っているようなところもあるけれど!笑
(だから私は、山で農業やっている人たちを尊敬しているのかも。)

「終わりのない物語」を思い出すと、
結末は、自由に創造できるんだ!って、本当に思うんですよねぇ。

だったらさぁ。

お茶でも飲みながら、わいわいやりながら、
より気持ちが良い未来を創造した方が、
毎日が、楽しいよねぇ♪

あなたは、どう思いますか?^v^

 

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